『ノンセクシャルな日々 1 ~普通~』

『ノンセクシャルな日々 1 ~普通~』

はじめまして、藤崎響です。

子供の時から回りとの距離を感じていて『普通』になりたいと願って来ました。

そんな人とは違う感性を持っている
性同一性障害(?)で両性愛者の藤崎響です。

私と同じように日々を過ごしている方や自分の居場所を見付けられない方に読んでもらいたいです。

■始まり■

月日は遡って、小学校に上がったばかりの時でした。
日本で性同一性障害が認知されだした頃だと思います。
ふと、母が話してくれました。

「世の中には心と体の性が違う人がいるんだよ。可哀想ね」

それを聞いたとき自分はもしかしたら『それ』かもしれないと思いました。
でも、それと同時に母の切なそうな顔を見て何も言えなくなりました。
それが私が性別に付いて考え出した切っ掛けです。

■紹介■

始めに私と言う人物の紹介です。
私は戸籍上は女ですが、男性になりたいと思っています。
病院で診断した事がないので正確には分かりませんが、多分性同一性障害だと思います。
下の記事は私の過去と今まで感じて来たことです。

■普通についての価値観の違い■

今回は私が思う『普通』についてです。

一般的に皆さんは性別に付いて違和感を感じた事はあまりないと思います。
ですが、私は物心付いた時から違和感を感じていました。

きっかけは家族に言われた一言でした。
私は子供の時から落ち着きがなく、男勝りな性格でした。
直ぐ下に弟が居たこともあって、
『お腹の中でおちんちん落としてきたんじゃない?』
と冗談で言われていて、それを真に受けた私は、自分は男の子だったんだと思うようになりました。

スカートやワンピースといった女の子特有の服装などはあまり好まず、ジーパンにTシャツなど男の子と同じような格好をしていました。

それから言葉遣いも気付いたときには男の子っぽくなっていて、一人称も気付いたときには″俺″になっていました。
家族はあまり気にしていなかったのか直される事もなく、社会人になるまで一人称も言葉遣いも変わりませんでした。
最初に周りと違和感を感じたのは社会人になってからでした。
私が自分の事を″俺″と言うと周りは顔をしかめ、本人から指摘を受けるわけではなく、それを聞いた第三者からやんわりと指摘を受けて、周りとの違いを思い知らされました。
確かに学生時代に先生に指摘された事はありました。
でもそれは面接での言葉遣いであって、普段の生活は何も言われ無かったので、それが普通になっていました。
それから私は一人称を″ウチ″にし、敬語で話すことで言葉遣いを隠すようになりました。
未だにですが、″私″と言うには違和感があり、一人称は変わっていません。
私にとっては普通の事でしたが、周りとはちょっと違っているのかもしれません。

皆さんが思う普通とは何ですか?
良ければ質問やコメント貰えると嬉しいです。