22歳。初彼女とそのまま学生結婚してみた。(1)出会い

■記者紹介
1984年、福岡県生まれ、神奈川県育ち。
男子校出身でゲームやアニメが好きな中学生だったが、中学3年のときに父親が他界。
それ以降、年齢を誤魔化してチャットを通じて知り合った社会人に混じってオフ会に参加したり、
徹夜でコミケに並んだりますますオタクに磨きがかかる。

大学生のときに関西で開催されたゲーム大会に参加し、そこで知り合った女性とマイミクになる。
ひょんなことからその女性と付き合うことになり、気づいたら妊娠、あわてて学生結婚、そして出産。
現在は妻と2人の娘を養いながら、ITエンジニアとして奮闘中。

■22歳。学生結婚してみた。- (1)出会い
結婚してから6年半が過ぎ、先日長女が小学校に入学した。
人生経験の少ない両親の元、すくすくと育ってくれた娘に感謝したい。
若くして学生結婚をすることになり、結婚して良かったこと、子育てで苦労したことなどの経験が
役に立つこともあるかもしれないということで、当時のことを思い出しながら綴ってみようと思う。

--- DDRというゲームとの出会い ---
俺は昔からテレビゲームが好きで、学校から帰宅したら、1日中ゲームをやっていることも良くあった。
基本的には家庭用ゲーム(ドラゴンクエストやファイナルファンタジーといったRPG)が好きである。
しかし、ある時、中学の期末試験が終わった開放感から、駅のトイレで制服を着替えて、友人数名と
ゲームセンターに遊びに行き、そこでDanceDanceRevolution(以下DDR)というアーケードゲームに出会った。

このゲームは、音楽に合わせて画面上を流れてくる矢印を、足元のパネルを踏むというもので、
1990年代後半に一時的に社会現象になった。同じ音楽ゲームとして有名なものに太鼓の達人があるが、
太鼓を叩く代わりにパネルを踏むゲームだと思ってもらえると想像しやすいかもしれない。

とにかく、このゲームに出会ってからというもの、足繁くゲームセンターに通い練習を重ねていった。
大学受験を控えていたので高校2年から塾に通っていたのだが、幸か不幸か塾の通り道にDDRのある
ゲームセンターがあったので、塾が始まる前や終わった後にも必ず通い詰めるほどの熱中ぶりだった。

大学入学後もDDRへの熱は冷めず、むしろ時間的余裕ができたこともあり、一層のめり込んでいった。
その頃ちょうど流行り始めていたmixiを通じて各地のDDRプレイヤーと連絡を取り合ったり、
一緒にDDRをやるためにお互いが慣れ親しんでいるゲームセンターを行き来したりした。

--- きっかけはゲーム大会 ---
さて、DDRの説明が長くなってしまったが、妻になる女性との出会いのきっかけがまさにDDRのゲーム大会だったのである。
当時は、個人が主催するDDRの大会(ほとんどが正確さやスコアの高さを競うもの)が多く、日本全国で
月数回のペースで開催されていた。大会が関西で行われたため、俺は青春18切符を使って関西へ行き、
プレーヤーとして参加をした。彼女は大会の受付やスコア集計を手伝うスタッフとして参加していた。

大会の後は近所の店で2次会をやるのが定番なのだが、そこで彼女と初めて会話をした。
元々男子校出身で趣味が内向的ということもあり、年齢=彼女いない暦を絶賛更新中であり、
女性との付き合い方はむしろ苦手だったが、DDRを通した趣味の友人ということもあり、後日マイミクになった。
(リアルで連絡先の交換は申し出る勇気がなくても、ネットではできるから不思議である)
しばらくは、他のマイミクと一緒に日記にコメントをしたり、別の大会で会うといったことはあったが、
彼女にはその当時彼氏がいるということも分かっていたので、特にお互いの関係が変わることもなかった。

つづく。