記憶の断片小説「卒業」(9)

記憶の断片小説ロードムービー「卒業」(9)

東京に残っていた荷物を整理する為に、俺は再び東京に戻った。
それも2、3日程度の滞在だ。
俺はライチに電話をした。ライチは電話に出た。
ロイドとの電話の事は何も言わなかった。俺も何も聞かなかった。
俺は外で会おうと言ったが、ライチは体調が悪いと言った。
俺はライチの家に行くと言った。ライチはそれで良いと言った。
セックスの事はあまり考えていなかった。

熱に浮かされた様になっていた。
全ての輪郭がボンヤリとしていた。
真夏の太陽は毒々しく輝いていた。
距離感がわからなかった。
俺は再び朝の街を歩いていた。
サラリーマン達が駅に向かって歩いていた。
俺はライチの部屋に向かって歩いていた。

俺はライチの部屋にいた。
ライチは具合が悪そうにしていたが、少しだけ笑った。
ライチが遮光カーテンを閉じた。
セックスをするんだろう、と思った。
まだみんなが会社に向かう時間だった。
部屋が薄暗くなる。
何も音の無い部屋。CDケースに幽かな光が当たって。天上に反射する。
セックスしたがる俺と、したがらないライチ。
懇願するようにライチを抱いた俺と、見下すかの用に俺に組み敷かれたライチ。
繰り返す、何よりも空っぽな「愛してる」と言うセリフ。
求めたキスは宙を切って、それを俺は拒絶だと思った。
初めてのセックスは、思ったよりもあっけなかった。
俺は射精出来なかった。ライチの膣内で俺は怒張したままだった。

セックスの幻想は何もかも打ち砕かれて、残されたのは現実だけだった。
一緒になんてなれないし、特別に綺麗でもない。
世界が変わる訳でもなかった。世界は相変わらずボンヤリとした輪郭だった。
ライチは俺の劣情を口に含んだ。
醜い芋虫が二匹、遮光カーテンの向こう側で戯れるのを俺は見ていた。

俺はライチの口の中に劣情を撒き散らした。

俺達は仙川駅で向かった。俺が通っていた小学校に行った。
大きく見えたものが、小さく見えた。
セックスをしたからでは無い。俺が成長しただけだ。

仙川駅周辺は、俺が知っている頃と大きく変わってしまっていた。
駅周辺は随分と賑やかになってしまった。
昔の雰囲気が俺は凄く好きだった。
少し疲れた様な街を、もう一度見たかった。

俺達は近くの広場で腰を下ろして、たこ焼を食べていた。
一口茶屋の、たこ焼だった。
ライチと一緒に食べた。
俺は昔の仙川駅の話ばかりしていた。
雨が降り始めた気がする。そうして、帰った。
セックスをしても、雨が降っても、世界の輪郭はボンヤリとしていた。
ただ、毒々しい太陽だけは雲の向こうに隠れた。

その日の夜、俺はユキに電話した。
ライチとセックスした事を伝えた。
ユキは泣かなかった。
だが気づくと俺が泣いていた。咽び泣いていた。後悔していた。
ユキを巻き込んだ事を悔やんだ。
その為の存在にした事を悔やんだ。
計画的に、彼女が激しく傷つく事を知っていてそうした事を悔やんだ。
俺は贖罪するかの様に泣いた。許される事を期待して泣いた。
ユキは冷静に、俺を見下したように電話を切った。
ユキは何も言わなかった。

後日、知らないアドレスからメールが届いた。
ユキの友人だと名乗った。
彼女は「ユキが寝込んでいる。一週間何も食べていない」と言った。
俺はどうとも思わなかった。
そのまま、ユキと連絡を取らなくなった。
ユキの友人からは、何度か俺を罵るメールが来たが無視した。

相変わらず、ライチとはメールをしたり電話をしたりした。
やがてロイドとも連絡を取る様になった。
前に電話で言われた事はどうでも良かった。
ロイドも俺が途中で電話を切った事を気にしていなかった。
二人で遊ぼう、と言う話になり、ロイドの家で映画を見る事にした。
ロイドは、祖母の家で暮らしていた。
祖母は入院していたので、実質ロイド一人だった。
映画を2本ほど見たところで、ライチを呼ぼうとロイドが言った。
俺も賛成した。ライチに会いたかった。

ライチが来るまでの間、俺はロイドと何もしなかった。
ライチが来てから、軽い晩御飯を食べた。
テーブルを挟んで、俺とロイドが並んで座った。
ライチは俺とロイドの正面に座った。
ライチの箸の使い方がオカシイと、ロイドと一緒になって指摘した。
ライチは笑った。
「あなた達は背丈が同じくらいだから、まるで夫婦ね」
ロイドが笑ったのを見てから、俺は笑った。

食事を終えてソファに座った。
「そうやってソファに座ってるの見ると、広告みたいだわ」
ライチが言った。ロイドが笑った。
俺はロイドに許された気がして嬉しかった。

ロイドは俺に聞いた。
「ねぇ、何でさっき押し倒そうとしなかったの?」
ロイドとライチが俺を見ていた。
「別にそういう事をしに来た訳じゃない」
俺は答えた。俺は映画を見に来ていた。
ロイドとライチが笑った。俺もつられて笑った。
ロイドとキスをした。
「下手でごめんね」
ロイドは誤った。舌に、ロイドの矯正器具が当たった。
俺はゆっくりロイドの胸に手を伸ばした。
「小さいからダメ」
ロイドは恥ずかしそうに下を向いた。
俺はそのまま手を動かした。
「二回目は無いわ」
ロイドは俺から離れた。
俺はロイドを見ていた。
「ねぇ、お風呂場で最後までする?」
ロイドが振り返って聞いた。
俺は丁寧に断った。

屋上に登って、3人で花火をした。
ネズミ花火にきゃっきゃ言いながら、3人で遊んだ。

部屋に戻ると、ロイドの携帯が鳴った。
彼女の父親からだった。
実家に帰る、帰らないと言う話をしていた。
ロイドは父親を好いていなかった。父親をキチガイ扱いした。
ロイドは慌てていた。混乱していた。
俺とライチはロイドを落ち着かせて、眠る事にした。
リビングに3人で寝転がった。
俺は右手をライチと、左手をロイドと繋いで眠った。
幸せな夜だった。