記憶の断片小説「卒業」(11)

記憶の断片小説ロードムービー「卒業」(11)

一週間程、国際電話を通じて何度も話した。
俺は無かった事にされるのが納得いかなかった。
ライチは全てを無かった事にしたい。それだけだった。

口を開けば、出てくるのは憎しみ罵る言葉だけだった。
お互いの譲れないものを否定しあっては、傷つけていた。
国際電話カードが切れたら、買うまでチャットを続けた。
思いつく限りの悪口、罵り言葉を吐いた。
暴言で埋め尽くされる時間。
俺は視野狭窄を引き起こしたまま日々を過ごした。
授業なんか頭に入らない。
無かった事にはさせない。
授業が終わると寮の部屋に戻ってライチに電話をかけた。

俺が欲しかったのは納得だ。
別にライチと距離が出来るのも構わない。
ただ納得が欲しかった。
納得のいく捨てられ方をしたかった。
納得のいく言葉が欲しかった。
全てが無くなるのは許せなかった。納得出来なかった。
俺にとって全てだった世界が否定されて終わるのは許せなかった。

一週間もすると、多少の落ち着きを見せ始めた。
まだ納得出来る言葉が得られた訳では無い。
暴言が減った訳でもない。
ただ、相手を気遣う余裕が出てきた。
「おい、そっち夜中だろ。明日学校あるんじゃないのか?」
そんなセリフすら出てくる。
話は平行線のまま。

俺とライチでは話がつかなかった。

ヨシトがメールを寄越してきた。
脅迫文にも近い、異様な敵意と挑発のメールだった。
俺は、確かに心が震えるような快感を得た。
「てめぇアメリカにいるからってイイ気になってんじゃねぇぞ」
「ぶっ殺してやる」
俺は何度も読み返した。
向けられた敵意に嬉しむあまり、打ち震えた程だった。

嘘でもいい。何でもいいから、殺し合いのような感覚が欲しかった。
感情の塊を投げつけられて、全力で投げ返す感覚が欲しかった。
「12月28日の16時に成田に到着する。包丁でも何でももって殺しに来い」
俺は嬉しそうに返信する。震えるような快感の中にいた。

だが、それも長続きしなかった。
ヨシトはメールを寄越さなくなった。
ライチとも連絡しなくなった。
俺は一人、取り残された。

結局、俺は殺される事もなく、今はこうして生きているのだが、
どっちかがどっちを殺してもおかしくなかっただろう。
日本にいたら、間違いなく何らかの事件になっていたと思う。

そういえば、俺は一度、ヨシトを殴った事がある。
「ライチを手放すなよ。手放したら殴るぜ。」と約束したのだ。
奪ったのは俺だが、嘉人が手放したのも事実、と言う事で殴った。
確か、アメリカ大使館に行った帰りだったか。
あまり元気が無かったのも事実だが、殴る直前に嘉人と目があった瞬間に、
力が抜けたのも事実だ。何故に力が抜けたのか、今は忘れてしまった。
しかし、俺は全力で殴る事と止めて、「ぺちん」と言う非力な拳を当てて終わった。
殴ったって、何かが戻る訳じゃなかった。

暴力で解決するのは、殴った方の鬱憤だけだと言うが、何も解決しなかった。

少し前の日々の事を思い出して、俺は少し泣いた。
外は雨が降っていた。夏の雨が降っていた。
秋を告げる雨だった。俺は部屋で一人ぼっちだった。

しばらくの間、俺はライチともヨシトとも連絡を取らなかった。