記憶の断片小説「卒業」(4)

記憶の断片小説ロードムービー「卒業」(4)

ライチとデートをした後、俺はヨシトに勝った気でいた。
勝ち負けが何なのかの定義も持たずに、俺は勝った気でいた。
だから俺は、学校でヨシトと会えば軽口を叩いてじゃれていた。
相変わらずの風景だった。
俺は、懐にナイフを忍ばせているんだぜ?
いつでも、お前から奪っていけるんだぜ?
心の中で笑いながら、無邪気を装って。

ある日、ヨシトが唐突にライチの自慢を始めた。
俺は黙って聞いていた。微笑みすら浮かべていたと思う。
そして、こう言った。
「お前、あんなイイ女を手放すんじゃねぇぞ。手放したらブン殴る」
俺は殴る気で言っていた。
奪う気でもいたし、奪われる間抜けを叱咤したかった。
ゲームを長く楽しみたかっただけなのかも知れない。
ただ、ライチに愛を囁いた舌で、ヨシトには「あの女を手放すな」と言ったのは事実だ。

「お前の女は、お前とのセックスの最中に、俺の事を考えているんだぜ」
その一言で終わらせられるゲームを、俺は長く楽しみたかった。
ヨシトを嘲笑っていたかった。

***

あんなに色が濃かった夏が終わる。
相変わらず俺は詩を書いている。
時々、ライチとメールや電話をする。
既に海外の大学に行く事を決めていた俺は、ロクに勉強をしなかった。
詩を書いた。
ライチに言われて、HBから4Bのシャープペン芯に変えた。
白いノートに、濃い黒が広がった。俺はそれを気に入った。
詩を書いた。
とにかく詩を書いた。夜の住宅街を歩いた。煙草の空き箱を燃やした。
缶コーヒーを握り締めた。煙草をブロック塀に押し付けた。火花が散った。
詩を書いた。
詩を書いた。
詩を書いた。
日々は詩の為にあった。
秋がきて、あっと言う間に冬になった。
受験で浮き足立つ同級生を尻目に、俺は暇だった。
忙しいフリをした。受験するフリをした。
誰にも何も言わないまま、俺は学校を卒業する。
何を卒業するのかもわからなかった。

俺の皮膚は、相変わらずボロボロだった。
毎朝、小さな悲鳴を漏らしながら起き上がり、シャワーを浴びた。
一体、俺は何を卒業すると言うのか。

***

俺とライチの仲が急速に発展したのは、高校を卒業する間際になってからだった。
頻繁に連絡を取る内に、頻繁に言葉を交わす内に、俺はすっかりライチを狂信していた。
誰の言う事も聞いてなかった。誰の言葉も聞こえなかった。
ライチさえ良ければ、俺は世界なんてどうでもよかった。
どの国が滅びようと、どの惑星が破滅しようと、誰が死のうと、苦しもうと。
ライチがいればそれで良かった。
俺には誰の言葉も、忠告も届かなかった。俺は壊れていた。
ライチの為になら人だって殺せると思った。
笑いながら、自分の腕に煙草を押し付けた。
ゆっくりと、長く押し付けた。
油っぽいタンパク質の焼ける悪臭が立ち込めた。
俺は笑った。ライチが笑うなら何でも良かった。
ヨシトの存在すらどうでも良かった。
ヨシトとの勝敗すらどうでも良かった。
ライチがヨシトと幸せになりたいと言うなら、それで良かった。
それに俺が邪魔だと言うのなら、俺は俺を殺すまでだった。
ライチは言った。ヨシトの母親が邪魔なのだと。
俺は思った。ヨシトの母親を殺そうと。

計画は実行されなかった。
俺は俺を殺さなかった。

冬の風が強かった。
俺たちは学校を卒業する。
何からの卒業か、何からの解放か、俺には分からない。
もはや俺にとって学校は存在価値が無い場所だった。
どうと言う存在じゃない。灰色の箱でも何でも無い。
何かすらもわからない。そんな学校から、俺は何を卒業するのか。

ボロボロの皮膚に閉ざされた瞼の中は暗かった。
俺は真っ暗い闇の中に射した光のみを信じた。
ライチが光だった。ライチの言葉が光だった。
それ以外は何も信じてなかった。何も見えなかった。
小学生の時から10年以上ツルんだ友人にも捨てられた。
俺は怒りを信じた。純度の高い怒りを信じた。
それが嘘がどうかはどうでも良かった。
俺は怒りが得られた。人を信じなくなった。

***

今となっては、本当に笑い話だ。
俺はヨシトを裏切った。俺を信じてくれてたかも知れないのに。
彼は純粋に、俺を信じていて、それに賭けたのかも知れない。
ヨシトがライチを俺に預けた真意は、今になってもわからない。
10年以上経った今でも、だ。
ただ、ヨシトの周りにはライチと同じ言葉で喋れる人間がいなかった。
俺は無防備で、ライチの世界観に近い言葉で喋れていただけだろう。
だとしたら裏切ったのは俺だ。自死すべきは俺だ。
笑えない笑い話だ。

***

俺は詩を書いていた。
ライチに会う為に、詩を書いていた。