記憶の断片小説「卒業」(5)

記憶の断片小説ロードムービー「卒業」(5)

高校を卒業してしばらく経った。
俺がライチと直接会うのは何回目か?正確な数は知らない。
昼過ぎに、祖師谷大蔵の駅で待ち合わせをした。
当時、俺が住んでいた街だった。
うっすらと冬の寒さが残る空を、春の太陽が照らしているような時期だった。
ライチがまた遅刻したかは覚えていない。

駅前の商店街を散々散歩して、たこ焼きを喰ったりした。
俺はその日、ライチを俺の部屋に連れ込むつもりでいた。
歩きながら、何とか家に呼ぶ算段をつけていた。
それに気付いていたであろうライチは、きっとわざと抵抗した。
俺はどうにかこうにか舞子を部屋に連れ込んだ。

しかし、依然としてライチはヨシトの女だ。
いきなり犯す訳にはいかない。
だが繰り返し会い、ライチに慣れ始めた俺は、自分の劣情を抑えられる自信が無かった。
外は冬の雨が降って、俺はライチと部屋にふたりぼっちだった。

最初は、オモチャの手錠を使って軽いSMごっこで遊んでいた。
両手を固定して、動かない様に命令する。そうしてから、くすぐる。
耐え切れずに動いたら罰ゲーム。何でも言う事を聞く。
最初は俺が手錠をされて遊んでいた。
耳を噛まれたり命令されたりまさぐられたりして、最高に「ハイ」なひとときを過ごす。
さぁ、ライチが手錠をされる番だ。
俺は彼女を後ろ手に手錠で縛り、目隠しをする。

今でも鮮明にその瞬間を覚えている。
俺は彼女を脱がして、制止も聞かずにブラジャーを外した。
背中に口づけて、首筋に向かってキスを繰り返して、前に回り込んで、
肩、鎖骨、首筋、耳、頬、鼻。
この瞬間、俺の中で理性が音も立てずに派手に弾け飛んだ。
脳内麻薬が今度は音を立てて溢れ出た。
ライチの唇を貪るように奪った。3文エロ小説さながらだ。

だが吃驚した事に、先に舌を入れて来たのは彼女の方だった。
諦めたように、そしてその諦念を楽しむように、ゆっくりと舌が入ってきた。
俺も懸命に応戦する。舌先の攻防戦。俺は無我夢中だった。

存分に口を吸うと、俺は安心してライチの柔らかい乳房に抱かれて眠った。
とても安らかな一瞬だった。本当に一瞬だったが、とてもやすらかだった。

「初めてのキスだ」
俺はライチの乳房の上で、ライチの鼓動を聞きながら呟いた。
「嘘でしょう?」
ライチが俺の頭上で動いた。
「そんなしょーもねぇ嘘つくかよ」
俺は不貞腐れて答えた。
「上手かったから。正確に言えば、唇が柔らかかったから、余計にそう思ったの」
俺は笑った。

俺の中の倫理なんてクソ以下だった。
欲しいものは欲しい。奪うか盗むかするんだ。
俺が、自分の部屋のベッドで、欲望に負けて負けて、
友達のオンナに口づけていた丁度同じ頃、地球の裏側は、涙さえ枯れている戦場の空の下だった。
だけど俺には世界がどうなろうと知った事じゃないんだ。
戦争だってやりゃいいし、死にたいヤツは死ねばいいんだ。
俺には何処かの核爆弾より、目の前のライチの方が大問題だった。
誰かの歌詞にあったな。
世界なんて、平和なんて、人類なんて、戦争なんて、
裏切りなんて、日常なんて、全て、全て。
無くなったって構わない。
俺にはライチさえいればよかった。

俺は俺の倫理すら守れずに、誰を守る気だったのか。何を生きる気だったのか。

俺の部屋を出て、ライチを駅まで送る時、手を繋ごうとすると、ライチは身を離した。
「駄目。手だけは駄目。手を許しちゃったら、全部許しちゃいそうだから。」
彼女が何を言っているのか、あまり理解出来なかった。
ただ、手が最後の一線なんだろうと思った。
確かに、俺は何度も彼女と会って、遊んでいたけれど、手を繋いで歩いた事は無かった。

空はまだ、青い時間だった。
俺は、彼女に、狂っていた。